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まだまだの私

まだまだ気取ってる。いじけてる。つまらない自分を嘆いてる・・・。最悪だ。
お笑いのセンス磨かなければ!!!

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惚け癖。気取り癖。

私はずっと惚けて、ただただ無気力に生きていた。
自分が生きているのに、自分自身の身体なのに、自分自身の心なのに、いつも他人事にして、本気で悩むこともせず、ただ引き篭もっていた。
学校を卒業し社会人になっても、自分で殻をかぶり、責任から逃げ、問題を解決させるための相談もせず、ただ辞めた。
大病になったことさえ、病気になったことを理由に家に引き篭もって惚けていた。
病気に向き合わず、惚け続けてるから、自分の心と身体をどんどん無感覚にして、
卵巣だけでなく、子宮も病気になり、貧血になり、体力もなくなり、動けなくなっていった。
社会を怖がり、社会から逃げ、自分を隠して生きていた。
自分自身の中身の無さを隠し、すまし、気取ってた。

気取ってる奴なんか誰も相手にしない。
私だってそんな奴は嫌いだし、なりたくも無い。
でも、実際は・・・それが、私だった・・・。
子供の頃からみんなにとけこめなくて、寂しくて、辛かったけど、
私は私って意地張って、惚けて、自分を表現しようともせず、変えようともしなかった。
家に帰れば、母が優しくしてくれたから。

その母が、次から次に病気になった末に、気取ったまま死んだのに、
私は母そっくりに同じことをずっとしてた。

だから、何やっても本当には楽しくなかったんだ。
仲間と一緒に心から楽しむことができなかったんだ。
好きな事さえ、本気でできず、やろうとすぐに動けないんだ。
気取ってるからだ。
心の感覚を取ってしまってたから、なにやっても、ぼおっーとしてるんだ・・・。
行動もゆっくりで、ぼおっーとしてるんだ・・・。
孤独で寂しいことにも惚けて、寂しくないフリをして、楽しいフリをして、
ろくな人生じゃ無いことにも惚けて、平気なフリして、また病気になって苦しんで、
このまま呆けて死んでしまうところだった。

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私の赤ちゃん

私は私の赤ちゃんをこの世に産んであげられなかった。
私の病気のおかげで、なんの罪もない赤ちゃんを私は死なせてしまった。

ずっとずっと、哀しかったけど、気持ちは押さえ込んで、惚けていた。

そのことに、6年前、私は、今の先生に気づかせてもらった。
そして、赤ちゃんに助けてもらいながら、私の病気を治していった。
それでもそれでも、私は、赤ちゃんへの償いの心が足りなかった。
まだまだ無視してきた。
大事な私の赤ちゃんを、唯一の尊い命を無視して、自分だけで生きていた。
あの世に行っても、赤ちゃんは、独りぼっちで、哀しく泣きつづけてたろう。

赤ちゃん、ごめんなさい。
いつか、私も死んだら、いっぱい抱きしめてあげるからね。
いっぱい遊んであげるからね。
これから、もっともっといろんなこと勉強して、自分を成長させて
いいママになるからね。
もうほっておかないからね。
いつも私の心の中ではいっしょだからね。

私の赤ちゃんは、13年前、私のお腹の中で、死んでしまった。
強い抗癌剤治療の後、3年間は妊娠は禁止だった。
でも、次はいきなり、最初から、体外受精の治療を受けることになった。
もちろん赤ちゃんは欲しかったけど、いきなりの体外受精を受ける気持ちには
まだなっていなかった。まずは、自然に妊娠したかった。大学病院の先生の方針だった。
でも、普通の人なら卵子が数個、または10個以上もでてくるような薬だったのに、
私は、1個の卵子も取れる状態でなく、卵巣が腫れるばかりだった。
卵巣が腫れるということは、以前、卵巣癌の治療をしたときに、
「今度腫れたら死ぬよ」と脅されていた私には恐怖だった。
だから、1年半くらい治療した後に止めた。
でも、半年後・・・、妊娠してると、定期検診のときに告げられた!
自然妊娠だった。
7週と3日だと告げられた。もうびっくりした!信じられなかった!奇跡だとおもった!
嬉しくて、みんなに話した。信じられないからこそ、話すことで確認したかった。
話さないと夢で終るような予感もあった・・・。
でも、次の週には、あまり育っていないので、家で安静にしてるように言われた。
そして私が、自分に赤ちゃんが出来たことを知ってから、たった9日目に
お腹の中で死んでいることを告げられた。

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私の、腕の中で・・・。

泣いてるanちゃんを抱っこした。わーわー泣いてる。おもいーっきり泣いてる。ごめんね。私、お母さんじゃないものなぁ・・・。でも、泣き疲れたら、私の腕の中ですやすや寝てくれていた・・・。嬉しかったよ。幸せな気持になったよ・・・。初めて会った頃はちっちゃくて、怖くて抱けなかったものね・・・。ありがとね。赤ちゃんって、あったかいなぁ・・・。でも、でも、重たかったぁ・・・。腕もこれからもっと鍛えなければ☆

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結婚記念日と病気体験

私にとって、結婚記念日は、発病と入院の体験と結びついている。
18年前、結婚式の二日前の朝、私はお腹の痛みで起き上がれなかった。
時間をかけて起きあがり、近所の内科に診てもらったが、そこから婦人科に行かされた。
次の日にはT大学病院で検査をし、すぐ入院と手術日が決まった。20センチにもなった大きな卵巣嚢腫だった。結婚式だけは予定通り行い、その四日後に入院した。
大きく脹らんだお腹。どうして異常に気がつかなかったかと言われた。鈍い痛みは感じていたが、たいしたことはなかったので、気にしていなかった。自分で自分の身体なのに、何も感じようとしていなかった。だから、本当に気がつかなかった。気がつかないということが、どんなに後悔として残るか体験した。子供の頃から大病を経験したことはなく、突然の出来事に驚きショックだったが、ただただ気持ちを押さえ込んだ。病気の発病と結婚が同時という、普通の人にはありえないことが私には起こった。
医者は私の意見、気持ちなどは聞かず、一方的に治療を決めていき、私もただただ受身で、自分の病気について深く勉強することもなく、質問も出来ず、医者のいうままの治療を受け続けた。手術は大きな嚢腫になっていたので、お臍から縦に切ることになり、傷が大きく残った。新婚にはショックだったが、それでも10日で退院の予定だったので傷の痛みにも耐えた。
ところが、すぐにもっとショックなことが待っていた。手術後の細胞の検査で癌細胞が見つかり、抗がん剤治療をすることになった。でも、はっきり癌だとは言われず、中間に悪い細胞だけれど、予防の為に抗がん剤治療をし、そのかわり、赤ちゃんが欲しいだろうから子宮を残すからと言われた。
次の週には2回目に手術。今度はお臍の上までお腹を開け、一回目は嚢腫部分だけだったのを完全に右の卵巣を切り取った。その一週間後には3回目の手術室で、後に使うために自分の骨髄採取をした。強い抗がん剤で一回で、体中の毛が抜け、白血球が100以下になるという凄いものだった。数日後の夜中、、カーテンをしめた中で頭の毛をつかんだら、掴んだだけグサグサ抜け落ちた。ほとんど坊主頭で、眉毛睫毛もぬけ、傷だらけ、ガリガりの身体・・・。醜い私、惨めな私・・・。哀しい気持ちは押えて押えて押さえ込んだ・・・。
吐いて栄養が取れなくなるのが前程で、心臓に直接栄養を入れるカテーテルも取り付けられた。吐いて吐いて吐きつづけた・・・。酷い口内炎で、パン一口でも飲みこめなかった。
それが良くなってまた食べられるようになった頃、もう一度抗がん剤をし、同じ事の繰り返し、退院までに4ヶ月かかった。
その後の体験はまた書きます。

6年前まで、自分の身体なのに、医者の治療に任せきりだった。
でも、その頼りにした主治医は、「実験的な強い抗がん剤をした後、子供を産むことが出来た患者の症例を学会で発表する」事を予定していたらしく、私に大きな筋腫ができ、いよいよ可能性がなくなったとき「君は模範的な患者じゃなかった」と言った。
こんなに辛い治療をして残した子宮を、11年も通った後に、「切リ取れ」と見放された。
私はそれだけは嫌だった。自分の子宮と卵巣を守りたいと思った。
そして、人に勧められ、気功の治療を受けたこともある。
信じられないけど信じたい。すがる気持ち。何でも試そうと思った。
でも、そういった頼る行為だけしても治らなかった。

6年前、今の先生に出会い、治療が始まり、私は病気が治った。
病気は自分で自分の身体を感じて、自分で治すもの。
病気は自分の身体の細胞に起こるもの。
病気は自分で自分がつくるもの。
病気は自分自身だ、病気を嫌がることは、自分自身を嫌うことだ。
発病は自分の細胞が自分を治すために起こるもの。
痛みは、痛いことで、病気を知らせる身体の叫びだ。
自分の身体を感じない私は、病気にすぐは気がつかなかった。
最初の発病のときも腫瘍は20センチにもなっていた。
8年前、子宮筋腫が大きくなり、貧血になったときも、
最初は風邪が長引いていると思うくらいの感覚で、貧血に気がつかなかった。
それくらい、私は鈍感で、感覚が無い。
今、筋腫も嚢腫も無くなり、子宮も卵巣も正常になり、お腹はぺちゃんこに柔らかくなり、
大量の出血のための貧血も治った。
でも病気の芽は、自分自身を省みて、自分のなかにある病気の原因を自覚して、
病気にならないように自分を変えて行かなければ、無くならない。
私自身が自分の心や身体を他人事のように惚けている癖がある。
常に他人任せで、自分自身で考えず、努力しない無気力な癖がある。
自分自身のことをもっともっと見つめ、省みて、病気にならない自分をこれから育てていく。

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