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今日

今を生きる。
ちゃんと生きる。
それが産まれてこれなかった赤ちゃんも生きること。
お母さんの死を無駄にしないこと。











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死について

○○のお母さんが亡くなった。
病状が急に悪くなりお見舞いに駆けつけてから、4日後だった。

死は、怖がって考えないようにして逃げても、かならずその瞬間が来る。
それは、私たちが生きているからだ。
この世に産まれて、生きているから、死が最期に訪れる。
あたりまえのようだけど、以前は、本気でそのことを考えることはなかったと思う。
死はただ怖いものだと逃げていた。
私は、母が死んだ時も、母の死をただただ悲しんで哀れんで、
悔やむだけで本当には受け入れてはいなかった。
今は、母の死を見つめて、多くを学んだ。
母の死を無駄にしないように生きよう。

人生を精一杯ちゃんと生きた人は、いい人生になり、死ぬ時もいい死になる。
いい死に方ができるためには、いい人生を自分で歩まなければそうならない。
悔いの無い人生を生きて、悔いの無いように人と接してれば、
死から逃げないで、最期の時もみんなとお別れもできるだろう。
死を見つめていつも意識するからこそ、生を精一杯生きれる。
死んでもいない、生きてもいないそんな人生は、ただただ時間が過ぎるだけだ。
死を怖がったまま、ある日突然、心の準備もないままに死ぬことになる。

そんなのは、やっぱり嫌だ。
寂しい人生、寂しい死は嫌だ。
人からみて頑張りやに見えたって、しっかりものに見えたって、
世話焼きに見えたって、仕事が出来たって、
いつも明るく見えたって、暗くみえたって、
社交的に見えたって、孤独に見えたって、
心が寂しいのを認めないままに生きてるなら、
誰にも心を見せないなら、
自分の心を見ないなら、
死ぬ時まで寂しい。
死んだって寂しい。

死んだあとにも、いつまでも人々の心の中に生きられる人もいる。
人として、最高の幸せだと思う。
今の私のままだったら、すぐ忘れ去られるだろう。
幸せは、自分が苦しくてももがいても、努力して自分が掴むものだと思う。
諦めきってしまったら、幸せは絶対にこない。
自分を諦めるな。
自分の希望と可能性を探すための行動をしていこう。

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