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喉から声を出すこと、出来るようにちゃんと意識する。
鼻に響かす声は自然じゃない。
かっこつけてる。
しゃべることも、自然に腹からしゃべれること、出来るように意識する。
じゃないと苦しい。
吐きながら歌うことは、本当は一番自然なんだとわかってきた。
身体の力抜きながら、自然に歌うことだ。
生きることだ。
身体中に血を廻らせることだ。

口を大きく開けると、あごの関節が、ガクガク音がする。
ほっぺが痛くなる。
顔も固かったのがよくわかる。
もっともっと、意識して動かそう。

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オークション

初めて、
自分でオークションで落札した。
やったぜー!
ドキドキして、楽しかった!

ブルブルマシン

いっぱい使うぞ!

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ブルブルマシン

ボイトレで、初めて細かい震えがついた。
でも途中から元の声に戻ってしまっていた。

戻ってしまったことがわからなかった・・・。
本物と偽物の震えが、自分のやっている感覚がわからない。

それなので、「出来た!」という実感がなかった・・・。
せっかく一回は出来たのに喜べない自分。
落ち込む・・・。
うぅ・・・中途半端で歯がゆい。

でも、一回できたことは認めて、喜ぼう。
自分が成長してる途中だってこと誉めてあげよう。
今までは、これが足りなかったもの。
喜ばないから成長もなかなか出来てこなかった。

腹筋で吐くことは、今までよりすごく意識できてきたのだけど、
演歌の震えを抑えようとするあまり、
喉を震わさないで、ただ息をはくことばかりになっていた。

震えの意識ができてなかった。

喉を柔らかくしておくことも意識してなかった。

レっスンが終わった後、
それを思い出して、帰り道も、家に帰ってからもずっとやってみている。
なんか今までとはちがう震え方出来ていると思う。

今日も朝起きた時から四六時中発声を意識して、
家事をしながらも歌っている。
歌っていると、気持ちいい。

次は、「出来た!」って喜ぶぞ。
一回は出来たのだから、やれるはずだもの。
もし間違っていたら、また直せばいい。

ブルブルマシンは凄い!
でも私には痛かったし、痒かった。
私のお腹は、まだまだ硬いことが判明した。
血行もまだまだ悪いな。

もっと意識して毎日揉み解さなくてはいけない。
私の身体を見てあげて、感じてあげて、
労わってあげること。

お腹使って歌いながら、
心も身体も柔らかくなって、
もっともっと健康体になる。
絶対になる!

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諦めない

今週はまた自分の歌の下手さに落ち込んだ・・・。
声が細かく震えない・・・。
でも今までの落ち込みとは違う自分がいる。
ただ落ち込んで、心も身体も硬くなって、動けなくなって、
何もしないで、寝ることに逃げ込んでしまう自分ではない。

その違いは、諦めているか諦めてないかだ。
今まで、いくら「諦めない」と何十回も決意した私だが、言葉だけだった。
自分を振るい立たせるのには必要だった。
でも、心が諦めきっていた。
自分自身というものを信用できてなかった。

でも、自分で自分の病気を治すことはできたじゃないか。
心と身体が繋がっていることを体感してきたじゃないか。
身体のことができたなら、声も身体から、自分自身から出てくるものじゃないか。
だから、自分のこと、自分の声は、
いくらでも、自分で変えられるものじゃないか。
細胞レベルで感じればいいことじゃないか。

ヘッドホンで聴くと、曖昧に聴いていた音が前より、聴き取れる。
ウタダのすすり泣きが。
寂しい、悲しい気持ちが伝わってくる。
泣いている気持ちが、そのまま気持ちになっているのが伝わってくる。
だから、私自身も泣いてしまう。
泣くことは、心を流すことは心地よい。
母が抑えてしまった感情だ。
私は涙を止めてはいけない。
「あの子・・・」という詩に、私の心も反応して泣く。

軽く歌っているように聴こえて、腹筋が使われているのがわかる。
実際、心から大泣きしたときは、お腹をつかうもの・・・。
口先じゃなく、魂が身体からお腹から叫んでるから、
あの震え声になるのだと思った。
でも、ただ大声で叫ぶんじゃなく、心の叫びだと思った。
内面のものだから、静かで、繊細で、おびえている・・・。
何かにおびえてる感情を私も自覚して歌おう。
表面だけ綺麗に歌おうとしても、大きく揺れる演歌の揺れになる。

息を吸う声自体も、そのまま歌の一部にもなっている。
すごく素直な感情のままが、歌にのせられている。
だから、この歌は、メロディー自体がない。
詩が全てで、語りの曲だ。
今まで、私が歌ってきた曲とはまるで違うので、
なかなか曲が頭に入ってこなかった・・・。
何回も聴いて一緒に歌って、詩の意味を感じて、はじめて覚えられた。
詩自体が、魅力で曲になっていて、
言葉自体に感情をのせ、それに音がついている。
天性の感性だ。
ウタダの感覚は凄い。

だから、いっぱい聴いている。火曜日の夜からずっと。
歩いていても、台所でも、お風呂場でも、ずっと歌っている。

自分で練習できるように、やっとなってきた。
まだまだ前からの歌の癖は抜けてないのだと思うけど、
意識して、新しい歌い方を探す。
息もはけてないし、細かい震えもつかないけど、
ひたすら、歌うことだけは私にも出来る。

いつか絶対に歌えるようにする。

このままじゃ、悔しい。

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流される

私は、人に流される。
そして、先週は流されてきたのに、そのことを受け入れてなかった。
だから、私のなかでモヤモヤしたものがずっとあったけど、
何故かを考えることをできてなかった。

流されて相手の思うままに操られてしまったら、自分が無くなる。
そのことをもっと自覚しなくてはいけないと思った。
流されてしまうと、自分の悪い癖が全部出てしまう。
失礼なところ、無神経なとこと、考えが無いところ、
雑なところ、集中力のないところ、表面だけで生きるところ、
相手とちゃんと向き合わないところ。

そんな自分を嫌い、イラつきだけが出で、
考えなしになって無感覚になって病気になっていた自分を自覚し、
そうならないように、
自分をちゃんと成長させていく。

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「酷いな。そんな親は死刑だな。」
私の話を聞いた父が、最初に言った言葉・・・。

今朝テレビで、昨日の公判での亜澄さんの両親の言葉を聞いた。
残虐に殺された自分の娘の悪口をいう親。
そんな親がいるだろうか。
自分達がどんなに酷い親か、世間にさらしているのに、そのことにも気づいてもいない。
心有る人なら、この両親の言葉をきいただけで、どんな酷い親かわかるはずだ。
酷すぎる。悲しすぎる。
父に説明してるうちに、思わず怒りがこみあがってきた。
裁判官は絶対に正しい判断をして欲しい。
そして、両親にも天罰が下されますように。

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