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心の弱さ

おととい、友人のお母様のお通夜にいってきた。

私の母の死をあらためて思い返した。

まったく一人で、寂しい死に方をし、

私の家族はいまでもその死を引きずっている。

でも引きずっていることさえ気づいてはいないと思う。

人の人生は逃げるか逃げないかの二つの道しかない。

人生をあきらめきって、自分で自分を傷つけ孤独で寂しい死に方を

するのは、無意識でそうなったのだろうけど、

人生から逃げたからだ。

自分ではどんなに頑張っても、不幸な人生にしかならない人もいる。

その原因は、心の弱さだ。心の甘さだ。

私は自分に甘い。

甘いのが自分でわかっていながら、そのままにしてきた。

強くなろうと自分を鍛えてこなかった。

身体も鍛えてこなかったけど、心を鍛えてこなかった。

弱さを鍛えて、人と関わって、世の中で生きていくのが人生なのに

その自覚がなかった。

ただ引きこもって、人生から逃げてきた。

このままじゃ、ろくな死しか待っていない。

このままじゃだめだ。

心と身体を両方鍛えていく。

そのことをしっかり自覚する。

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私に合う歌

皆と一緒のボイトレに参加した。
歌にある色気について考えるように言われた。

歌の表現力。
歌に喜怒哀楽を感じるから、人は歌に歌手に感動する。
歌手は自分自身を隠さず出している。

私の歌は、自分のダメなところを隠して、人を脅している声だと言われた。
恨みと憎しみの声がでていると。
それは、悲しみ、怒りから逃げてきたからだと。

今、私は寂しい歌、悲しい歌に惹かれる。

アンジェラ・アキやウタダの歌にとても惹かれる。
聴いててとても癒される。
以前は、鬼塚の歌にも惹かれた。
最近知ったばかりの山崎ハコにも癒される。
中島みゆきの詞にとても惹かれる。
私の中の恨みや憎しみの気持ちから逃げないで聴くと、
逆に癒されることに気づく。

歌っていると涙出る。
私の中の寂しい心が、悲しい心が癒される。
昔の私はまったく泣かなかった。
母もまったく泣かなかった。
涙を止めてはいけないことも知った。

越路吹雪の歌は大人の歌だ。

かっこよい色気ある魅力ある女の歌だ。
私には無いもの、憧れの存在だ。

去年のコンサートではとりあげたけど、少しも歌えなかった。

コンサートの日の怖さがよみがえるから避けてたけど、
家で久しぶりに歌ってみる。
まだまだ遠い存在で、ピンとこなかった。
アンジェラや中島みゆきの歌の方が心にしっくり歌える。

かっこいい歌。
色気のある歌の裏には、人生がある。
歌っている越路さんの「苦労ある人生」がある。
それがあるから、越路さんの歌は、魅力あふれ、大人の歌であり、
お洒落であり、楽しませてもらえる。

かっこつけていては、歌は歌えない。
自分のダメさを隠さないで、自分を裸でみせるのが歌だ。
喜怒哀楽を全部表現できること。
私は今までそれができてなかった。
裏声で、背伸びして、つかめない夢の中に生きようとしてた。
ダメな自分を隠してきた。
ダメダメの自分を見つめてこなかった。

内心はいつも怯えて不安なんだけど、
それさえ隠そうとしてたから、
地に足がついてないから、不安定なのだと思う。
私の声は人を脅す声だと言われて、最初はとても嫌だった。
歌を止めてしまおうとさえ思った。
でも、そのことを受け入れてみると、
表面だけの虚勢の声なんだなと気づいた。

越路さんの歌は、まだまだ私には遠い感じだと話した。
すると先生は、私は自分のことを「苦労ある人生」と認めてないと言われた。
まず、それを認めること。
そうすれば越路さんの曲が歌えると。

たしかに、私は、自分のことを「苦労ある人生」と思っていなかった。
正直、そう言われてびっくりしたくらいだ。
人生から逃げてたから、まだまだ自分をみれていなかった。
だから、今、毎日この言葉を噛み締め、現実を振り返っている。

そして、越路さんの歌を私の目標にする。

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寂しい心

父が、2泊3日の旅行から無事に帰ってきた。
高校の同窓会がメインだけど、それに加えて、自分で連絡とって、
女友達や、友達の未亡人や、自分の二人の妹達、
会える人には皆という感じに、目いっぱいのスケジュールつくって!

人に会いたいのだ。
かまって欲しいのだ。
寂しいのだ。

だから、杖突いて、重たいお土産下げて、よたよたでも、出かけるのだ。
だれも、自分の家には来てくれないから。
自分から出かけるんだ。

本当は、いっぱいかまってほしいんだ。

寂しい気持ちが、ボケになるんだ。
かまって欲しい気持ちが、無意識の中で、
むちゃくちゃを起こして、人を困らせるんだ。

だから、私は、父ともっともっと関わるんだ。
無茶な電話がかかってくるのは、その寂しい気持ちだ。
電話の直接の言葉じゃない。
裏にある、寂しい気持ちだ。
それをわかったうえで、接してあげることだ。
直接の言葉には流されちゃいけない。

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お誕生日!

15日は私のお誕生日でした。
次の日、メンバーの皆が、ケーキでお祝いしてくれました。
ありがとうございます!!!
ほんと、嬉しかったです。
家族以外で、こうやって囲まれて、大勢でお祝いの言葉もらったのは、
初めてだと思う。
メンバーとしてやっと仲間になれたのかなって、思いました。
誕生日を知って、あわててケーキを買いに走ってくれたメンバーの
温かーい気持ちが、とっても嬉しかったです。
一番年上なのに、年上らしいことがなにもできてないのに、
こんなオバサンに優しくしてくれてありがとうね!!!
これからもどうかよろしくです。

でもでも、
この歳になってしまうことは、今年初めから覚悟していたものの、
やはり、なりたくなかったというか・・、ショックというか・・、感慨深い日でした。
なんで、こんなに嬉しくないのか・・・・・・。

私は中身がまるで無い。
子供がいて、しっかりお母さんしてるわけでもない。
仕事をバリバリしてるわけでもない。
主婦として、社会人して、しっかり、地域で活動してもいない。
50年という半世紀をしっかり生きて、
毎日を充実させて、悔いないように生きていない。

人生をしっかり中身濃く生きてたら、
20代、30代、40代を、その時その時しっかり生きていたら、
次の年代をまた新しい気持ちで迎えられ、嬉しいはず。

なのに、私は、20歳になる時も、30歳になるときも
40歳になるときもまるっきり、嬉しくなかった。

このままじゃ、今のままじゃ、60歳になるときも悔いが残ってしまう。
一生死ぬまで、死ぬ時も、悔いが残ってしまう。

母が、脳出血で右半身麻痺になったのは56歳。
その歳になるのも、たった6年後。
以前の私は、私の人生も母と同じ56歳で終わりかもと、漠然と感じていた。
それで、悩むというのではなく、ただの諦めとして・・・。

でも、先生に会って7年半。
病気の人生から、抜け出すことはできた。
でも、病気がないだけでは、人生ではない。
病気が無いだけでは、生きている充実感は無い。
病気があることで、それまで以上に生と向き合って、頑張っている人もたくさんいる。
どう人間として成長して、どう人生を送るかだ。

白髪が増え、しわが増え、目がかすみ、肉体が衰えていく。
実年齢だけが増えて、中身が子供のまま。
その子供のままだから、歳と中身がまるで合わない。
若かった頃、まさか50歳の人間の中身がこんな子供だと、想像できなかった。
ほんと情けない。
自分がいけない。
それだけの人生を歩まなかった自分が悪い。

私の50代は絶対に変えていくーーーっ!
60歳を喜べるように中身を成長させるぞー!

ちなみに、私と同じ年同じ乙女座で、輝いている人たちがいます。

女優の戸田恵子さんは9月12日
ジャズ歌手の綾戸智恵さんは9月10日だと知りました。
中身のある50歳って、この人たちだなって思いました。

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メンバーの皆へ

この一年、清瀬での活動に参加させてもらって、
その前の一年以上にいろいろ学ばせてもらい、ありがとうございました。
それなのに、まだまだ自分のことばかりになり、
メンバーの皆に対して気遣いもできないでごめんなさい。

連絡もしてもらうばかりで、活動の様子を知ろうとか、
自分の様子を知らせようとする、メンバーとしての自覚もほんと欠けてました。
お客様状態で、足ばっかり引っ張っていました。

先週末も、引越し後すぐで、
片付けや、整理や、防音工事などあるなか、
連絡もとらず、お手伝いもせずにごめんなさい。
皆さん、大変な作業をありがとうございました。

父のことでだけで、精一杯になってい時期もありました。
でも、父もだいぶ落ち着いてきているのに、
積極的に、みんなとの活動に参加しようとしていませんでした。
自分から仲間になっていこうとしなければ、
いつまでたっても本当の仲間になれないのに、
自分から関わろうとしないで、いつも距離をおいていました。
ごめんなさい。

そこが、自分のいけないところだとわかっているのに、
引き篭りの人生はやめようと思っているのに、
いつまでも自分に甘いから、変わっていけませんでした。

これから皆から仲間だと認めてもらえるように努力します。
今まで、認められるようなことまるで出来てなかったです。
どうかこれからもよろしくお願いします。

ところで・・・
先週は大きな台風が来ましたが、
自分達は、無事に過ごせたものと、のん気に思い込んでました。

ところが!○○市にある、自分達のマンションは
なんと・・・なんと床下浸水してました!

3年前に、私の父の近くに引越ししてきたため、自宅は荷物をおいたままで、
時々週末に掃除や整理に行っているのですが、
こんなことになるとは!

お隣さんに聞いたところ、玄関下まで水がきたそうです。
入ってすぐ、見た目にはわからなかったのだけど、
玄関横の2部屋の床のカーペットがぬれて、ぐちょぐちょになっている。
それに、最悪なのは、その2部屋とも、物置き部屋になっていて、
部屋中が棚いっぱいになっていて、床が見えない状態なので、
まず、物を他の部屋に非難させるところから始めなければならず・・・。

あとは、タオルや新聞紙の上から、体重をかけながら踏みました。
大量の水じゃないけど、
フローリングでなく、コンクリートの上に直に絨毯張りの床なので、
吸っても吸ってもなかなかで、
扇風機や、除湿機をかけても、なかなか乾きませんでした・・・。

なので、また土曜日には、様子を見に行こうと思っています。
活動日に参加できないことも、これからもあると思いますが、
よろしくお願いします。

一緒に活動させてもらっているという気持ちを、
忘れないようにします。

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将棋

先日、将棋を楽しんでいる風景をみる機会があった。
なんか、側で見ていて、とってもいい雰囲気で羨ましく思った・・・。

それで、今日は、父に「将棋教えて?」っていってみたら、
気持ちよく「いいよ。」っていってもらった。

いつもとは違う空気が流れた。
まったくの初心者の私に優しく教えてくれる。
なんと私に勝たしてくれたし、楽しく気持ちいい時間が流れた。

こういう父との過ごし方があったんだ!
いつものイライラが嘘みたいだった。

「またしようね!」っていって帰って来た。

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自分との闘い

地声で歌えるようになることは、私自身の自分との闘いだと思った。
私が変わるための闘いだ。

自分がいかにダメで最低の人間なのか自覚した。
みんなの活動に参加させてももらって、
普通のことさえできない自分のダメさが身にしみたけど、
わかっても、そのことに真剣に向き合わなくて、
結局は、いつも気持ちが引いているだけで、
積極的に変わっていこうという意識がいつまでたっても低かった。

歌は、下手糞なのはわかっているのに、なにがなんでも上手くなろうとする
努力が足りなかった。
「歌を通して成長する」って理解したし、決意しても、
自分で努力しないで、いつも先生に頼っていた。
何度も叱られ、反省して決意しても、口だけ「やる」って言う嘘つきだった。

学生の時から唯一ずっと続けてきた趣味が、合唱だった。
地声は出してはいけなかった。
綺麗で、響く声だけが求められた。
その裏声の世界で私はずっと生きてきた。
私の周りにいる人間はみんな私と似ている人たちだし、
似ている人たちとしか付き合ってこなかった。

最初、裏声を否定されるのは、その世界でしか生きてこなかった私を、
私自身を全部否定されたように思った。
裏声しかない私から裏声をとったら、何も無いように思った。

私は地声では歌えないし、声がでないと思ったし、思い込んでいた。
音域が低いところだけで、狭くて、ほとんどの歌のキーが合わなくて、歌えない。

だから、裏声にいつまでもしがみついた。

裏声で誤魔化せば、たとえ誤魔化しでもすこしだけ上手く聴こえる。
だから、その裏声で歌うことにしがみついた。
知り合いだけの内輪の会で歌って、お世辞もらうことにしがみついた。
実際は、下手なことわかっているから、びくびくなのに、かっこだけつけて
歌ってきた。

かっこだけつけて生きてきたから、その癖がぬけない。
地声で歌っても、声が鼻に抜ける。
声に芯が無くて、腹のすわった、自然な声がでない。
私は、もっと力をぬいて、自然に生きたいのに、
がちがちに身体固くして、みっともないのに、
気取って生きているから、歌でもそれが、正直そのままが出る。

そういう自分を変えるために地声で歌いだしたのに、
まだまだ昔からの自分が、地声を嫌っていた。
私の中で、地声で歌おうとする私のほかに、
それを嫌がっている私がいつまでもいる。

だから、地声が育たないのだと悟る。

地声が出てきても、鼻声で、クラシックの震えがついたままだ。
その声の違いも、聞き取れないほど、感覚が無くて、自覚が無かった。

私の中の心の問題なのだと、あらためて気づいた。

だから今私は、その自分と本気で闘おうと思う。

その裏声で生きてきた自分も嫌わないで、
ちゃんと見て、一緒に成長していこうと思う。

だって、ここまで来たじゃないか。
この何年かのボイトレで、やっとここまでは来れたじゃないか。
いろんなこと少しずつだけど理解して、自分を見つめて、まわりを
見るようになって、自分に染み付いた癖を自覚したからこその、今日じゃないか。
裏声でない、地声で生きる自分自身も、この3年位の間に
育ってきたじゃないか。

もうすぐだと思う。
もう少しで、この壁を破る事出来ると思う。
そうしたら、また、次の壁もあると思うけど、
とにかく、今の壁を闘って、乗り越えてやる。

下手だ。本当に下手だ。情けない。

でも、これが、実際の私だ。
ダメな私だ。
そのことを受け入れること、やっとできたと思う。
だからこそ、やっと家での練習もできるようになった。

この音域しか出ない。出きないという、思い込み、諦めを捨てる。
喉を今まで使っていない分、とにかく喉から声を出してみる。

声がつぶれたっていいじゃないか。
かすれた声の私もいい。

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